ミュージアムモデルZ1は、どのように誕生したのか?

第2回

3Dスキャニングは万能なんかじゃない ― 開発担当:(株)やまと I

簡単に立体をデータ化できる……という誤解

──3Dスキャンには以前から興味があったのでしょうか?

「そうですね。3Dスキャン自体は部分的にしか使ったことはなかったんですが、技術には興味があっていろいろ研究していたんです。これを使えば、正確なZ1の立体物を1/6で再現できると思ったんですね」

──3Dスキャニングというと、SF的なイメージで光線を当てれば楽にスキャンできてしまうイメージがありますね。

「ところが全然違ったんですよ。3Dスキャンは、決して万能じゃないんです。デジカメで写真を撮るように手軽にデータが取れると思っている方が多いと思うんですが、まったくそんなことはないんです。2Dの写真と違って3Dのスキャンデータでは対象物に見えない部分や陰になる部分があることは許されない。
だから実際にはいろんな角度からレーザーを照射してスキャンしていくんですが、足りない角度がないように気をつけないとデータとして不完全なものになってしまう。パーツが黒いとレーザーを吸収してしまうので、1パーツずつカルシウムを塗って白くして……。だいたい1パーツにつき、簡単なものでも30回ぐらいは角度を変えてスキャンしているんです。縦横裏表だけじゃなく、ちょっとずつ角度を変えて……、あらゆる細かいアングルからスキャンすることが必要なんです。で、スキャンしたデータをつないで、1個のパーツを作るんです。これは実際にスキャンを行った2007年当時の話ですが、現在も状況が飛躍的に進歩したわけではないみたいですね。中でも難しかったのはエンジンです。3〜4時間かけてスキャンした最初のデータが、まるで虫食いみたいにスカスカで没になり悔しい思いをしました。」

──エンジンのような複雑なパーツは、スキャンしにくいんでしょうか?

「エンジンはフィンやオイルラインなどで入り組んでいるので、レーザーが反射しにくいんですよ。特にZのエンジンは現在の水冷エンジンと違ってかなり複雑な構造です。びっくりするような場所に、フィンがあったり、オイルラインが通っていたりする。逆にレーザーが全面に当たるパーツは、すごく正確に再現できますね。直線と曲線のコンビネーションみたいな、人の感覚では難しい部分もよく再現できますね。具体的にはマフラーやタンク、シートといった外装品です。とても正確に曲面が出ますね。」

──問題のエンジンは、どのように解決されたんでしょうか?

「最初は、クランクケースまで含めてエンジン丸ごとをスキャンしていたんです。でもその状態だと、レーザーの死角になる(陰になる)部分が多くてデータの欠落がひどすぎた。だからエンジンを、シリンダーヘッドカバー、シリンダーヘッド、シリンダーと、分解してから別々にスキャンし直していますね。……実はこのスキャンデータも使えなかったという後日談がありまして。スキャン用に手配したシリンダーのサンプルが手違いで初期型ではなかったんです。CADデータ作成後に、排気量を表示する刻印が半角だったんで気づきました。初期型は全角なんです(笑)。あと、シリンダーフィンも枚数が違っていて、小さいフィンがついた後期型のものだった。ただ後期型を出すときにこのデータは使えるので、残してありますけどね(笑)」

だれでも手に入れることができる初期型Z1を目指して

──そもそもなぜZ1の初期型という点を重視されたのでしょうか?

「最初は、純正部品で構成されているならいいかな? と思っていたんですが、やっているうちに方針が変わってきたんです。現在、Z1はフレームナンバー二桁台の車両で、純正の状態が維持されていれば一千万円ぐらい。台数も限られた貴重なものですから、普通はまず手に入れることはできないですよね? だったらそこを再現しようと思ったんです。多分、ユーザーさん的にはある程度、Zが再現されていればいいよという方も多いと思うんですが、それだけじゃ面白くない。作るなら火の玉の純正、そのもっとも初期型を徹底的に再現したい。あとでイヤな思いをしたくないんで、方針的には気づいたら徹底的に直す。特に純正の初期型に強い専門ショップさんを何軒もまわって、徹底的にチェックしてもらいました。」

様々なアングルからのスキャン 1パーツをスキャンするには、あらゆる角度からレーザーを照射する。形状の複雑なものは1パーツで約60アングルからスキャンが行われた。

没になったZ1エンジンのスキャンデータ没になったエンジンのスキャンデータ。レーザー照射の行きとどかない部分は、データが欠落していて虫食いのような状態になる。

Zのシリンダー初期型のシリンダー排気量刻印(左)。途中から半角の刻印に変わる(右)。また、赤丸でマークされた小さなフィンが初期のシリンダーには無いのがお分かりだろうか? このようにZには注意してみないと分からないようなマイナーチェンジがさまざまなパーツに見られる。

──ではパーツの調達はかなり大変だったのではないでしょうか?

「37年前のバイクですからね。たとえばフレームナンバー12番のバイクが出てきたとしても、それについているパーツがすべて当時のものとは限らないんです。途中で転倒して、パーツを変更しているかもしれない。後期型のパーツに交換したかもしれない。そういうケースがとても多いですね。でも注意してチェックしても部品点数が多いので、どうしても見落としてしまうんです。だからスキャンしたパーツの中に、レプリカのパーツや、純正品でも後期の部品があったりということが後から発見されるんです。
あと問題は経年劣化ですね。たとえばシートです。スポンジがへたっていて、高さが変わってしまっているんです。当時の新車の状態のシート形状しか認めないということはないんだけれども30年以上使用されて明らかに形状がへたってしまっているパーツをそのまま使用したら、それも正解じゃないと思う。できるだけ劣化の少ないシートを探して、ショップさんにほとんどのっていないワンオーナーの方を紹介してもらって、車両を見せていただいたり……。どうしても不可能な部分は、いろいろな写真や情報、データを見ながら正解を模索していく。ある程度、中古のものしかないわけですから、へたったスキャン情報をそのまま使用したら、それは正解じゃない。パーツの年式にこだわる点もですが、リアリティの追求ってそういうことだと思うんです」

──スキャン用には車両を丸ごと用意されたんですか?

「専門家の知人の協力で、初期型のパーツをある程度のユニットごとに1台分集めてもらったんです。それとは別に車両を組んである状態でも用意してスキャンしたんですが、それはそれぞれのユニットを正しい位置で組み合わせるための確認用です。」

スキャン成功……だけでは終わらないパーツのデータ化

「スキャンしたデータはそのまま金型に使えるわけじゃなく、CADデータに変換しないといけないんです。ただボタン1発でテキストをコピーするみたいに簡単じゃないんですよ。そもそもスキャンデータは点群(小さな点の集まり)で出来ているのに対してCADデータは面でできています。スキャンデータからCADデータへの変換っていうのは、要はスキャンデータ上の点と点の隙間に面をどんどん貼っていくという作業なんです。ある程度変換は自動的にできるんですけど、データが欠落している部分や形状が複雑な部分では機械はどの点とどの点が同じ面上にあるのか判断できないから、とんでもない変換データになってしまう。だから手作業でやらなければならない部分がとても多い。人の手でやるということはミスも発生するから、出来上がってきたCADデータをこちらで検証しました。発見されたCADデータの間違いは、状況に合わせて再度スキャンしたりパーツの寸法を計測したりして修正するんです。これが恐ろしく時間がかかりますね」

──具体的には、どのような部分を修正されたんでしょうか?

「たとえばシリンダー側面のフィンの中を走っているオイルラインの膨らみ。実は斜めからもオイルラインが来ていることがあとでわかったんです。検証しているうちに発見して、修正したんですよ。あとはシリンダーフィンの角度も違っていたんですよね。一度試作を塗ってみたら、なぜか実写よりもフィンのシルバーラインが短い。実はフィンの回り込みがきつかったんです。本物は角度が緩やかだから、長く見えたんですよね」

──実に細かい部分にまで、修正が行われているんですね。

「そうですね。あと、データーの間違いの問題ではなく商品の仕様変更に伴う修正も結構ありましたね。例えばフロントフォークのアウターチューブです。リフレクターを取ると中にネジ穴やリブが入っているんですが、最初はフォークまるごとスキャンしていたから、中の模様は考えてなかった。でもリフレクターはずして乗る人もいるんで、別々にスキャンし直しました。
シートと同様の経年変化で問題発生したのがタイヤですね。スキャンしてみたら、あとで摩耗しているのに気づいた。段減りしたタイヤをそのまま再現してしまったんです(笑)。フロントのF6タイヤはとっくに絶版になってるし、まったく摩耗していない当時のタイヤなんて、残っている可能性はかなり低いですよね。そこでタイヤメーカーに確認したところ、外周は現在のタイヤでも変わらなかった。そこで現行のタイヤをベースに、当時のパターンを乗せて復元したんです」

──スキャンして終わり……ではなく、スキャンした後の作業も膨大なものになっていっているんですね。

「修正、修正の繰り返しですね。普通の人はわからないと思うんですが、わかってしまう人にはわかる。実は、去年の秋から直したパーツだけで、実に147パーツにもなります。全部修正を加えました。最終チェックということで、あるZの専門店さんに持っていったら、まだまだ修正点が出てきた(笑)。指摘された部分って、たしかに自分的にも違和感があった部分なんですが、それが明確にはわからなかった。本当にZの専門家はすごいんです。ようやくでも金型に入ろう……って段階なのに、まだこんなことやっているんですよ(笑)。関係者たちには、いい加減にしろ! って怒られていますけど……」

──そこはまったく妥協されていないんですね。

「徹底的にやっていますよ。納期のために妥協して造ってしまったら、あとでイヤな思いをするのは目に見えていますからね。自分でもちょっとオーバースペックかな? という部分はあると思いますが……」

──バイクモデルは手間のかかる構成ということで、今までの製品は妥協の繰り返しだった印象です。

「従来のスケールモデルは最初に目標とする売価から逆算されたコストがあり、通常のホビー・模型業界のモノ造りの技術や材料の制約の中で製品化することが前提になっています。だからコストが合わないときまたは従来の方法では造れないときはスペックを犠牲にせざるを得ない。逆に、うちのZは製造上の制約とコストの制約を排除した代わりに正確さにとことんこだわった。だから普通だったら許される製造上・コスト上の言い訳、それを一切しないことを目指しています。うちのZは今までのバイクのスケールモデルのカテゴリーとは全く違うもの、これまで世になかった新しいかたちの立体物なんです。走らないのに何やっているんだ? って思いますよ(笑)。どれぐらいのユーザーが支持してくれるかはわからないんですが、1回ぐらい徹底的にやってみてもいいんじゃないかって思ったんです。Zはその価値に値するバイクだと思いますしね」

――続く
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3Dスキャンの基本的な流れ


1.レーザーを吸収させないために、カルシウムを塗布し、白くする。カルシウムを塗布

2.レーザーを照射し、あらゆる面の情報をデータ化する。レーザーを照射

3.スキャンデータを統合し、パーツの形にする。スキャンしたデータを統合

4.スキャンデータをCADソフトに取り込んでCADデータ作成(面貼り)。CADデータ作成

5.スキャンデータとCADデータの形状が一致しているか検証。実寸で±0.5mm以上の誤差 (1:6では0.083mm)がある部分をチェックした。この図では緑の部分以外が全てがチェックの対象となる。チェック

6.溶接部品などで金型では抜けない部品には分割を入れる。
抜けない部品は分割